Professional Ethics職業倫理(企業長からのメッセージ)
一般的な医師の「職業倫理」については、日本医師会から「医師の職業倫理指針」が出ています。ここでは、まず当院で働くすべての職員の職業倫理の基本を考え、自分たちの言葉として咀嚼し、理念を共有したいと思います。当院を受診し、入院している患者さんやそのご家族に対して、人としてどのように寄り添うかという問題です。地域の人々から信頼される病院であり続けるために、何より必要な病院の土壌のようなものと考えます。 普段、健康で幸福な生活を送っている我々も、いつその生活が脅かされる事態になるかは予測できません。人が生きていくということは、危険なことです。病気、災害、経済的危機、そして最近ではハラスメントなどの精神的問題も、普段の平穏な生活を脅かす危険な要因です。その原因として最も多いのが、病気です。人は「まさか自分が癌になるなんて」「脳卒中になることなど想像できなかった」など、それぞれの思いで病院を受診され、入院生活を送っておられます。自分のこととして想像してみてください。その時、そのような不安を抱えた患者さんと接する病院のスタッフの不適切な言動は、ただでさえ人生の緊急事態なのに、そこに追い打ちをかけられる気持ちになるでしょう。我々に必要なのは、他者にたいする想像力です。私たちは、不安の中にいる人々が集まる病院という特別な場所で働いているのです。私たちに求められる職業倫理の基本は、このような「他者への想像力」だと思います。 「とてもいい気分です。優しくて丁寧な技師の先生からレントゲンを撮ってもらいました」と外来の患者さんに言っていただくことがあります。診察室に入ってくるとすぐに報告されるのですから、相当嬉しかったのでしょう。大きな手術や治療でなくとも、このような日常の検査でも同じように感謝されることの意味を考えなくてはなりません。人は誰でも病気になります。その不幸は突然にやってきて、それまでの生活の安寧がひっくり返されることになります。「公立病院に紹介します」と言われて、まだ診断もつかず、患者さんは計り知れない不安を抱えて私たちの病院に来られているのです。特別に不安定な心理状態なのです。こころない一言は、容易に患者さんを傷つけてしまいます。逆に、検査での丁寧な態度や親切が大きな励みになることもあるのです。不断の研鑽によって、医学知識と技術を取得し質の高い医療をおこなうことは、病院として第一義ですが、医学的水準と並んで大切なことが、病院職員の職業倫理だと思います。質の高い医療に、職員の職業倫理は最重要かつ不可欠です。繰り返しになりますが、「他者への想像力」が職業倫理の基本であり、そこには注意深い医療者としての観察も必要です。しかし、通常の社会では、「注意深い観察」は、関心の外にある人には行われません。 他者に対する想像力の欠如は、他者に対する無関心の結果のことが多いようです。そして、それは現代の都会で暮らす人々の特徴でもありますが、精神医学では「他者への無関心」は、自己愛の強い人の特徴とされています。自分が他人にどう見られているかばかりを気にして、他人に対する関心がないということです。しかし、病院で働く医療人が、他人に関心がなく、他者への想像力が欠如しているというのでは、最悪です。自分のことだけしか考えないのは「利己」であり、他者への想像力を持った人は「利他」の精神に近い位置にいると言えるでしょう。病院で働く人々の職業倫理として大切なことは「利他の精神」と言いなおすこともできるでしょう。少し前の時代までは、医師が「利他」の精神性を医療現場で体現し、それを医療関係者が見て、学び、身につけるということがありました。いま、医師は病院職員の職業倫理においてこそ、先頭に立つ必要があると考えています。 厚生労働省は、最近の新しい地域医療構想の議論のなかで、Aging in Place「住み慣れた地域で、豊かに年を重ねる」ということを基本的理念として導入しています。これは老年学の権威である東京大学の秋山弘子教授が提唱しているものです。私たちの病院の使命は、いつ病気になって平穏な生活が脅かされるかもしれないという住民の不安を深く理解し、地域に安心かつ持続的な、こころのかよった医療を提供することです。もう一度、一人一人が初心を思い、「他者への想像力」、「利他の精神」を基本とした医療者の職業倫理の日々反芻することが重要です。